味気ない甘味は勘弁してね

彩風咲奈さんの ハリウッド・ゴシップ
タカラヅカさんはフランス革命がお好きなようですが、ハリウッドの内幕のお話もお好きなようです。
これもタイトルから手の内モロ出しで隠す素振りもなく、ちったぁ凝るがいいじゃぁないか、と昭和のジジイは思うわけです。
面白ければ、既視感があってもいいのです。しかし、これはツマラナくはないのですけれど、積極的に面白いとは言えない、視聴後の感じが何ともスッキリしないのです。
"大物俳優"ジェリーがクスリに溺れ精神が崩壊するのは、いかにも唐突でありました。クスリに頼ってしまう苦悩の過程を描いてくれないと、話が飛んでるように見えてしまい、説得力を失うのです。
ジェリーがセットから墜落し、悪天候と重ねた登場人物の心理描写となるのですが、心情が今一つ伝わらないので、訳分かりません。
主人公の言動が猫の目のようにクルクル変わるのにも、ついていけないよ、であります。
主人公とヒロインの恋の結末も、何とも締まりの無い甘さで、如何に甘党の私でも、リアリティの塩を効かせて欲しいのよ、でありました。

スカステが余生の友

幻のダービー馬のお父さん? ニジンスキー

早霧せいなさんの ニジンスキー
ニジンスキーといってもマルゼンスキーのお父さんではありません。恐らく天空を舞うような跳躍にあやかって、馬主さんが命名したのでしょう。
伝説のバレエダンサー、ニジンスキー物語であります。
ニジンスキーの予備知識といえば、名馬?名種牡馬?という全く的外れなものでありました。そんな私がニジンスキーを視聴しておりまして、おや?とギモンに感じたことがあったのです。
落ち込んでいたニジンスキーが愛加あゆさんの言葉によって、たちどころに気分が高揚しヤル気マンマン、目から星が飛び出しかねない勢いで立ち直る場面であります。感情の起伏が、そんなジェットコースター状態ってある?演出、過剰じゃないすか?みたいに思ったのです。
しかし、ニジンスキーは元々精神にモンダイを抱えており、決して演出の巧拙ではなかったのでした。寧ろ、適切過ぎる演出なのでした。
無知とは恐ろしいもので、危うく演出家の先生をあほかと罵倒するところでした。
一応、Wikipediaに当たっておいて良かった。
早霧せいなさんのニジンスキーを見ておりまして、私の中で困ったモンダイが発生したのです。ニジンスキー真琴つばささんで見たかったという無い物ネダリの発症です。
水美舞斗さんの「銀ちゃんの恋」を視聴してる時も、真琴つばささんの銀ちゃんが見たかったという無い物ネダリを発症していたのでした。
私も精神にモンダイを抱えているのでしょうか。こわいこわい

スカステが余生の友

ユウキさんの大霊界

天海祐希さんの たとえば それは 瞳の中の嵐のように
昔の映画やTVドラマなんかで当時流行したものが出てくると、懐かしい思い出が甦ったりします。
ここでも当時のヒットした映画のタイトルが、台詞にズラーリと出てきます。天海祐希さんがタカラヅカさんの中でノリまくっていたのは、あの頃だったのだなぁと実感できたりします。
「宜保さん」も、中高年の方であれば、そんな人いましたなぁ、であります。霊界とかそんなオカルト的なコンテンツが、数字を稼いでいた時代でもあります。
コチラの世界で恋に破れた天海祐希さん演じるユウキが、アチラの世界で出会ったジュンと共にアチラとコチラでミステリー風味ありの霊的な活劇を繰り広げるというわけであります。
そしてアチラで恋が芽生える、という甘いお話しであります。こういう甘味は、大好物であります。
物語の構成も上手いので、舞台に引き込まれてしまいました。
天海祐希さんの魅力も含め、大変満足いたしました。
スカステを視聴するようになって、天海祐希さんのステージを心から楽しめたのは、この作品が初めてでありました。

スカステが余生の友

蹴球世界杯で盛り上がれない

礼真琴さんの めぐり会いは再び
他局の事にも触れねばなるまい、というわけでNHKで放送された「星組公演」であります。
NHKをブッ壊すゥ、と威勢良くNHK政見放送でブチ上げた人がおりました。私もNHKの受信料ボッタクってね?とかなり不満はあるのですが、宝塚歌劇団の放送は大変有難く、続けて欲しいものであります。
このお芝居の説明文に"ミステリー仕立てのラブコメディ"とありましたが、「どこがミステリーじゃ」と言いたい気分であります。そして「コメディというより単なるドタバタじゃぁ」であります。
美し過ぎるトップスターさんの大劇場公演なのに、このハズレ感は何でありましょうか。
私には残念な視聴になってしまいました。

平みちさんの イブにスローダンス
ツマランので早々に撤退しました。おしまい

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天使のきざはし、タカラヅカさん

涼紫央さんの 天使のはしご
このタカラヅカさんには、刑事事件になるような物騒なことはありません。反社会的勢力も禁酒法も決闘もありません。身分社会の偏狭な考えはあります。偏見もあります。しかし、それを乗り越えようとする"心"があるのです。
高慢ちきで傲岸不遜で尊大な態度が気に入らないと相手を非難していたのが、実は自分自身の姿であったと自覚した時に、相手の懐の深さを感じることになるというお話であります。
偏見による誤解が氷解し、成就する愛にカタルシスを感じタカラヅカさんを視聴する喜びを感じるわけです。
こういうタカラヅカさんが好きで、これぞタカラヅカさんという気がします。
辛気臭いタカラヅカさんを見たいですか?私はダメであります。
甘いと言われようが、このようなタカラヅカさんを見たいのであります。甘美な夢のような世界が、現実社会のギスギスした人間関係を生き抜いていくのに必要な潤滑剤になるのです。
仕事終わって気分はランラン、タッカラーズカぁ、あっ、タッカラーズカ、清く正しく美しくぅと口ずさみながら、今日はどんなタカラヅカさんが見れるのだろうか、と楽しみに家路につく、そんな何でもないことに幸せを感じるのであります。
さて、この舞台に出演されたジェンヌさんで私が天使と思っているのは、道化師のような牧師役の天寿光希さんでございました。

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は?なんで?

壮一帆さんの 送られなかった手紙
決闘で亡くなった主人公を、所縁の人が回想し、その決闘に至った原因を探る物語であります。
主人公を演じる壮一帆さんが決闘で亡くなる、というのが前提で始まるのです。しかし、この主人公、専制主義国家を非難する意識の高いひとなのですが、飲む打つ買うの三拍子が揃い欲求のオモムくまま突き進む破滅型キャラでもあるのです。
ですから悲壮感皆無で、怒りはあるが悩みはないように見られ、共感を得られそうにない気の毒なひとなわけです。
そんな主人公が唐突に名誉だ誇りだ決闘だと言い始めて、は?なんで?であります。
更に、主人公の死を悼むあまり不眠に陥ったロシア随一の名医である叔父が、まるで下手人扱いされ、主人公の名声を妬んだからと言い掛かりをつけられるに及んでは、は?なんで?であります。
は?なんで?これが視聴後の率直な気持ちであります。

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革命を俯瞰する詐欺師の目

美弥るりかさんの 瑠璃色の刻
タカラヅカさんはフランス革命がお好きね、であります。ベルばらが王宮から見た革命で、調香師の物語(タイトルは忘れました)では平民から見た革命でしたが、「瑠璃色の刻」はその中間といったところでしょうか。
詐欺師の平民が伯爵になりすまし、"賢者の石" を使ってベルサイユ宮殿に出入りし、ニセ貴族の立場から見た革命ということになります。
で、問題はマリー・アントワネットです。この王妃様がベルばら以前のイメージ通りに、浪費三昧贅沢好き勝手し放題に描かれていれば、詐欺師の目線も平民のままでいたでしょう。
しかし、マリー・アントワネットは三角形の頂点の目線から離れ、次第に周囲を見渡せるようになってくるのです。
「瑠璃色の刻」は、こうしたベルばら以来のマリー・アントワネット像を踏襲しています。そんな王妃の姿を目の当たりにした元平民の詐欺師が、平民でもない貴族でもない、第三者的な目線で革命を俯瞰するようになるのです。
まるでサナギから羽化するかのように、精神の翼を得て飛び立つ人間の物語でありました。
しかし、旅芸人さんの覚醒が、唐突感ありなのは少々残念でありました。

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